萩に現存する武家屋敷では最大の大きさ。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_01
厚狭毛利家(あさもうりけ)は毛利元就の五男である元秋を始祖とする毛利家の一門。その後は八男である元康が跡を継いで、関ヶ原の戦いのあと長門厚狭(山口県山陽小野田市)に8371石を与えられたのが始まりです。山陽小野田市には厚狭毛利家の墓所・墓碑があり、市指定文化財に指定されています。

この萩屋敷は4700坪と広大なものでしたが、屋敷内の主屋や庭園は明治維新前後に解体され、今ではこの長屋だけが残っているそうです。昭和41年(1966年)に国の重要文化財に指定され、その翌年に解体修理を行っています。そのときに発見された棟札から、この長屋は10代・毛利元美の代に建てられたことが分かっています。

毛利家の家老の屋敷であり身分の高い者の詰所。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_02
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_03
萩屋敷の規模は桁行51.4mで、梁間5.0mと、縦長の屋敷。萩市に残っている武家屋敷長屋の中では最も大きいもの。観光の際は屋敷内へは入れないので、外から展示物を見てまわることになります。

屋根は入母屋造りの本瓦葺。出格子が5ヵ所、格子窓が6ヵ所ほど設けられています。入母屋(いりもや)とは東アジアの伝統的な屋根工法の1つ。最近の住宅ではコストが高くなるため少なくなってますね。本瓦葺は曲がった瓦を凸凹に重ねる工法。寺院の屋根には多く用いられてます。

内部は東の座敷(部屋数10)、中の座敷(部屋数6)、物置(土間、二階造り)、西の座敷(部屋数3)、そして板の間と5つのブロックに分かれています。実際の間取りを見れば分かるのですが廊下がありません。移動するときは部屋を横断するか、1度庭を出るしかなさそう。

東の座敷は畳廊下を取り合わせた格調高い造りになっており、身分の高いものに用意した詰所(一時的に宿泊したり仮眠したり、また待機する場所)であったと考えられる。

国の重要文化財に指定されています。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_04
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_05
厚狭毛利家萩屋敷長屋の1番手前にある東座敷一の間。毛利輝元像と重要文化財指定書が展示してあります。毛利輝元は毛利元就の孫で、日本の戦国大名です。関ヶ原の戦いにおいて西群の総大将になり、中国8ヵ国を治め「中国の太守」と称されました。1604年に萩に築城して萩城下町の建設。

有名な「三本の矢」のお話です。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_06
弘治三年(1557年)に毛利元就が嫡男である隆元と、吉川家・小早川家を相続した元春・隆景の3人の息子にあてた教訓。「1本の矢なら簡単に折れるが、3本まとめると折れない」という有名な話がありますね。つまり家族の結束がどれだけ重要であるかを説いたもの。この教訓を見た3人は、すぐに連盟の起請文(きしょうもん=契約を破らないことを神仏に誓う文書)を出し、それに従いました。

当時の絵図が展示してあります。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_07
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_08
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋_09
ここには当時の萩城下町の絵図が展示されてます。上が北、右が東。武家屋敷は白地に当主の名前が書かれ、町人地は町ごとに色分けされています。城下町を歩く前に見ておくと、観光の参考になると思います。

基本情報

場所 山口県萩市堀内
萩資料館の向かいにありますので、萩資料館周辺(指月公園前)の駐車場へ停めれます。ナビであれば萩城跡もしくは萩資料館にセットすれば分かりやすいと思います。
交通アクセス ①「萩城跡・指月公園入口」バス停から徒歩約1分
バリアフリー 入館は段差はありませんのでご心配なく。
観光客の多さ 萩市の堀内エリアは萩城跡などの観光地があるため連休は人が多い。そのためそれなりに人が入る。が、平日は人がまばらなので、萩の観光地の中ではさほど人気ではないもよう。
観光の所要時間 5~10分
料金 100円
※萩城跡指月公園との共通券は210円(小中学生は100円)
営業時間 8:00~18:30【4~10月】
8:30~16:30【11~2月】
8:30~18:00【3月】
休館日 無休
駐車場 有り(無料)
※有料もあります
周辺施設 トイレ、お土産、飲食店
周辺の観光地 萩城跡指月公園(徒歩で約3分)
天樹院墓所(徒歩で約5分)
口羽家住宅(徒歩で約10分)
堀内 鍵曲(徒歩で約12分)
周辺のおすすめスポット 萩城跡指月公園(桜/4月)
菊ヶ浜(花火大会/7月)
管理人から 萩の城下町を象徴するような建物なので撮影には最適。だが中は観光地としてはやや物足りない印象。萩城跡を観光する「ついで」として来るのは全然いいとは思います。萩市の観光スポットは駐車場から歩く場所が多いのですが、旧厚狭毛利家萩屋敷長屋は駐車場の目の前にあるので、そこはメリットかなと。

地図